雨の中の蒼空 -the universe-
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2007年09月 アーカイブ

2007年09月08日

ただの屍のようだ…

みなさん、お久しぶりです。
最近日記を書くたびにお久しぶりと言っているのは気せいなのかな。
多分、気のせいじゃないと思うけどね。
なぜなら、最近は会う人のほとんどに久しぶりって言っている気がするから。

そんなわけで、いまだに夏休み中です。
街の中で中学生や高校生、一部の大学生をみると少し得した気分がします。
まあ、7月中は休みがなかったんだしね。
8月から夏休みが始まって、いきなり岐阜へ、そして埼玉、続いて岩手、東京……。
現在は山形にいます。

山形で何をしているかというと、免許です。
暇なので免許を取りに来たんです。
私にとって過ごしやすい28~30度という気温の中でがんばっています。
がんばるほどでもないんですけどね…。
予想通りというか、なんというか、あんまり難しくありませんね。
この調子なら予定通り、取れそうです。
来年あたりは北海道にでも行こうかなあ、と思います。
関西方面にも行ってみたいと思うんですが、それは春ごろですかね。
すべてはお金があれば、という条件付きですが。

2007年09月11日

とんとんとな

仮免合格しました。
そして、いきなり路上です。
ATとMTの両方で乗りましたが、ATはやっぱり楽ですね。
どこが楽かってATは多少荒っぽくても言うこときいてくれますが、MTは繊細ですからね。
それだけ攻略しがいがあるってものですが……。
やっぱり、徐々にいうこときいてくれるようになるのって楽しいです。

ただ、最近はMT車が少なくて乗ろうにも車がない。
うちも今の車になる前まではMT一筋だったのですが、ATになってしまいましたし…。
う~、眠い。

2007年09月14日

わん

犬に会いません。
頭撫でてないし、尻尾つかんでないし、ぐりぐりしてないし、
ふわふわしてないし、もこもこしてないし…。
軽く欲求不満です。
山形では犬が禁止されているのかというほど、その姿を見ません。
唯一、教習中に鳴き声を聞いたぐらい。
予備にと持ってきたミントがすべてなくなりそうです。

無事卒業できたら、実家に戻るのがいいようです。
多分、二日もいないと思いますが…。
免許が取れたら次はアステカについてです。

2007年09月18日

AT(オートマ)とMT(マニュアル)

ちょっと気になったものがあったので書いておきます。
ネットで検索をかけていると、時代はAT! とか、男ならMT! と言うのを見かけましたが、
私は全然そいうのを考えて選択しなかったなと。
思い返してみれば、記憶の中でうちの車がATだったのは2台しか覚えていない。
クーラーかけると氷が飛び出すボルボと今乗っている三菱。
レンタカーだとちらほらあるんだけど、印象薄い。
そんな環境だったからなのか、普通免許は取るものだと思っていたのと同様に
MTで取るものと思い込んでいたいに違いない。

はっきり言って時代はATか?と言ったらNOだ。
もちろん、男だからってMTなわけがない。
MT乗ってればわかるが、都市ならATのほうが断然楽。
停止と発進を繰り返すのに半クラッチとかめんどくさいことこの上ない。
だけど、坂道や雪道を走ることを考えればMTの方に分がある。
何よりMTは乗っていて楽しい。
だけど、腕がないと同乗者が大変なのは確か。
自分が他の人を乗せて走れるレベルになるのはまだ先だ。

で、いわゆるAT限定免許だが女子が多いというわけではないようだ。
合宿生を見ていると限定の男子も結構いる。
おそらく男:女=6:4といったところである。
その逆でMTにも女子はいる。
教官によると苦労しているらしいが…。

次に、自分が思っているATとMTについてだらだらと書いていこうと思う。
最初に言ってしまうと私はMTのほうが好きである。
教習初期の頃はATって楽でいいなと思っていたが、
MTに慣れるにつれてATのふんわりした加速が気持ち悪くなってきた。
また、エンジンブレーキの効きが悪いのも気に入らない。
何の技術が要らないところも。
あんなもので運転できるのであれば、下手なドライバーが増えるのも納得である。
機械制御って技術という面からみれば素晴らしいものだけど、
はたしてそれが本当に人間のためになっているのかという疑問が残る。
機械の補助なしで危なっかしい人は例え機械の補助によって並の運転が
できたとしても、危なっかしいということに変わりはないと思う。
どこまで機械が行うようになったとしても、どこかで必ず人間の手が入っている
わけなんだから、人間との関わりを絶たない限り不完全でしかない。
要するに結局は運転しているのは人間なんだ。
武器は人次第で人を殺す道具にも生かす道具にもなるというが、
車も同じことがいえるのではないか。
物によって問題を解決するのも構わないが、人が変わる余地を残していかないと
人間はこれ以上進化していかない気がしてならない。